食べた者だけがわかるあの感覚テレパッチ ドンパッチもあるでよ

アメリカからやってきたヤベェ菓子

米国ゼネラルフーズ社(現在・モンデリーズ・インターナショナル)が炭酸を詰め込んだ小さな破片状のキャンディーを生み出し〝ポップロックス〟と銘打って発売したところ当時のアメリカンキッズの間でそりゃ大騒ぎ。今までにない新感覚のお菓子であることに目を付けた合弁関係であった味の素ゼネラルフーズ(AGF)が、販売ライセンスを取得し昭和54年(1979年)に日本でも〝テレパッチ〟と名付け発売開始。当時、ピンクレディーの3匹目ドジョウとして昭和53年(1978年)にデビューした双子のデュオ・キューピットとテレパッチのキャラクターを登場させたCMが頻繁に流れていた。しかも当時、アニメ「ルパン三世」で泣く子も黙る声優の山田康夫さんがナレーションを務めていたなんとも贅沢なCMだった。

懐かし過ぎて身体震える貴重なCM映像!!

テレパッチ
テレパッチCM(昭和54年=1979年)☜クリックしてご覧あれ

※2匹目のドジョウはキャッツ★アイだった(「あの人今」などで取り上げるのはタブーとされるデュオらしい)。
僅か1年余りの活動期間で解散し、同事務所(トータルプロ)が慌ててデビューさせたのがキューピットだった。

テレパッチの後継・ドンパッチ登場!!

〝テレパッチ〟という名で日本上陸するも、当時のキッズたちの心を鷲づかみするには今一つ〝シゲキ〟が足りなかったようで、味の素(AGF)はもっと〝パチ味〟強烈な〝ドンパッチ〟をさらっと発売。所ジョージさんの緩いCMが印象的だった

ドンパッチ
ドンパッチCM(昭和55年=1980年)☜クリックしてご覧あれ

テレパッチは1995年まで販売。ドンパッチは2000年まで販売されていた模様。その後、明治グループの明治産業から〝はじけるキャンディパチパチパニック〟などの同系のお菓子が現在も販売中(姉妹菓子の〝わたパチ〟は生産終了)

※テレパッチやドンパッチのような弾けるキャンディのコンセプトは(昭和36年)1961年に米国ゼネラルフーズ社の食品開発部で研究していたレオン・T・クレムツナー、ウィリアム・A・ミッチェル両氏により考案され特許を取得したものだったが、ゼネラルフーズ社は昭和50年(1975年)まで商品化を待ち、満を持して発売するも、今までにない新感覚さが物議を醸し〝お菓子を大量に食べた子どもの内臓が破裂し死亡した〟〝鼻の中に入れ弾けて鼻血が止まらなくなった〟など数々の都市伝説とも言える風評被害を呼ぶ。その風評がまったくのデマであることを証明するため4年の歳月をかけ、一つずつ検証し教育機関などにも無害であることの結果報告を発信・啓発したのにも拘らず昭和58年(1983年)に発売中止となっている。現在、Pop Rocks Inc.(ジョージア州アトランタ)とZeta Espacial SA(スペイン、バルセロナ)がポップロックスブランドのライセンスを引継ぎ世界中に販売している。日本では兵庫県神戸市中央区にあるエイム(世界のお菓子の卸・輸入代行する企業)がスペインのzeta Espacial saから輸入し販売されていたポップロックスを購入し2016年に投稿しているYouTube動画あり。

日本に於けるテレパッチ・ドンパッチ問題

日本でもテレパッチ、特にドンパッチに対する都市伝説が騒がれたようだが、すぐに収まり上記に記述した通り、テレパッチは1995年、ドンパッチは2000年まで販売していた。生産中止に至った理由は、子どもたちが以前のようにお菓子にシゲキや遊びを求めなくなり、当時より遥かに多種多様なお菓子に溢れ選択肢が増えたこと、さらに純粋に食べて満足できるものを求める価値観の変化によるものだと私は思う。時折、懐かしさを感じ口にしたくなる衝動はあるが・・・やはり慈善事業ではなく商売。儲けに繋がらなければ淘汰されるのは自明の理

この記事を記す際、参考にさせて頂いたサイト

Pop Rocks Wikipedia

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